観光スポット

小牧山(国指定史跡)

小牧山は市街地の西に位置する標高85.9mの小山です。
 永禄6年(1563)織田信長が小牧山に築城し、清州から居城を移しました。4年後、信長は岐阜へ移り廃城となりましたが、後に徳川家康と羽柴(豊臣)秀吉の「小牧・長久手の戦い」において家康の陣となりました。
 山には緑地や遊歩道があり、春には桜やツツジの花が咲き、市民の憩いの場となっています。

動画-織田信長と小牧山城

小牧山関連パンフレット

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小牧山城
歴史探訪ガイド  
 小牧山城
歴史探訪ガイド 中・A 
 小牧山城
歴史探訪ガイド 中・B 


小牧城(小牧市歴史館

小牧山の頂上にあり、館内は小牧市の郷土資料が展示され、4階は展望室と
なっています。
名古屋市の実業家平松茂翁(故人)により、昭和43年に完成し本市に寄付
されました。

開館時間 9:00~16:30
休館日 毎週第3木曜日(祝日の場合は翌日)
入場料 大人100円 小人30円     ※土日祝日は小人無料


 ■ 小牧歴史館パンフレット
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 小牧市歴史館 表 面
 小牧市歴史館 裏 面


メナード美術館

日本メナード化粧品(株)創業者野々川大介氏夫妻が、20年にわたりコレクションした美術品を文化貢献の一環として一般公開されています。館蔵品は絵画・版画・彫刻・工芸・古美術等合わせて1,400点程あります。

開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休 館 日 月曜日(祝休日の場合はその直後の平日)
入 場 料 一般 900円 高大生 600円 小中生 300円



田縣(たがた)神社

五穀豊穣・万物の育成の神である御歳神(みとしのかみ)と子宝・安産の神である玉姫命(たまひめのみこと)が祀られています。豊年祭(ほうねんまつり)は毎年新しく奉製される大男茎形(おおわせがた)を厄男達が御輿に担ぎ奉納する祭で内外に有名です。

住所:小牧市田県町152  名鉄小牧線「田県神社前」下車、徒歩5分
TEL:0568-76-2906

 ■ 田縣神社 パンフレット
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 田縣神社(たがた)  田縣神社      田縣神社 参拝の栞


市民四季の森

ソリスベリの丘や、わんぱく冒険広場、ディスクゴルフ場、バーべキュー場などの広場や、かわいい動物とふれあうことができるちびっこ動物村などがあります。展望台は公園を象徴するランドマークになっています。

住所:小牧市大字大草5786-1   こまき巡回バス「市民四季の森」下車
TEL:0568-76-1191(みどり公園課)


パークアリーナ小牧(小牧市スポーツ公園内)

メインアリーナとサブアリーナの他、トレーニングジム棟で構成される総合体育館、ナイター設備を備えた人工芝のサッカーグラウンドがある本格的なスポーツ公園です。また、体を動かす健康遊具や砂場、すべり台など小さな子どもも安心して遊べる遊戯広場があります。

住所:小牧市大字間々原新田737 こまき巡回バス「パークアリーナ小牧」下車
TEL:0568-77-7712(総合体育館)



小牧市温水プール

隣接する環境センターの余熱を利用し、造波・流水・渓流・スライダー・冒険・ちびっこ・競泳など多種目の
プールを備えた大規模屋内レジャープールです。

開場時間 平日13:00~20:00(入場は19:30まで)
土・日・祝日及び7・8月は10:00から
休 館 日 毎週月曜日(祝日及び7・8月の場合は開場)
入 場 料 高校生以上520円 中学生以下210円

住所:小牧市大字野口2394-3 こまき巡回バス「温水プール前」下車、徒歩1分
TEL:0568-78-0102

 ■ 小牧市温水プール パンフレット
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 小牧市温水プール   小牧市温水プール 


岸田家(市指定有形民俗文化財)

岸田家は、江戸時代末には脇本陣としての機能も果たした旧家で、1800年頃の建築と みられます。平成14年に修理事業が完成し、幕末頃の姿に復元されました。江戸時代
の小牧宿をしのぶことができる建物で、予約すれば内部の見学も可能です。

予約⇒文化振興課(市役所本庁舎3階、電話:0568-76-1189)

住所:小牧市小牧四丁目827 名鉄小牧線「小牧駅」から900m、徒歩12分

 ■ 岸田家 パンフレット
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 岸田家 
 岸田家 


西町の稲荷堂(市指定有形文化財)

稲荷堂は、明治のはじめ名古屋市の建中寺徳川家霊廟から拝殿、幣殿を移築したもので、内部の装飾などは尾張では珍しく華麗なつくりです。

住所:小牧市小牧四丁目3 名鉄バス「中町」下車、徒歩2分



間々観音(龍音寺)

日本で唯一のおちちのお寺で、永正5年に開基されました。本尊の千手観音は女性の安産授乳の願いに
霊験あらたかで、市内には「ままかんのんみち」の道標が残っています。

住所:小牧市間々本町152 名鉄バス「間々乳観音前」下車、徒歩10分
こまき巡回バス「間々本町」下車、徒歩5分
TEL:0568-73-6173

 ■ 間々観音 パンフレット
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 間々観音    
 間々観音    


小松寺

天平勝宝年間(749~757)に創建され、平重盛所有の味岡荘時代に再興し、承久の変で焼失したと
いわれています。今の本堂は明暦3年(1657)の建造で市指定有形文化財です。

住所:小牧市大字小松寺1121 こまき巡回バス「小松寺」下車、徒歩5分
TEL:0568-76-4071



岩崎山

尾張の山々に珍しく、花崗岩質からなり、中腹の熊野神社境内には県指定天然記念物の五枚岩があります。
小牧・長久手の合戦の折、豊臣側が陣を置いた砦跡でもあります。

住所:小牧市大字岩崎1337 名鉄小牧線「味岡駅」下車、徒歩10分



大山廃寺跡(国指定史跡)

白凰時代に創建され室町時代まで続いた山岳寺院跡で、寺域の最高所に塔の礎石が残るほか、
山林の中に坊跡とみられる平地が多数分布しています。

住所:小牧市大字大山411 こまき巡回バス「児神社前」下車、徒歩25分



児神社(ちごじんじゃ)

大山廃寺跡の中にあり、この寺が焼き討ちにあったとき亡くなった二人の少年僧を高
倉天皇が勅使をもって祀らせ建てた社と伝えられています。夫婦和合・児授・妊婦健
康安全を願う祭礼の日には参拝者で賑わいます。

住所:小牧市大字大山411 こまき巡回バス「児神社前」下車、徒歩25分



江岩寺(こうがんじ)

史跡大山廃寺跡の麓にあり、大山寺の法灯を継ぐといわれています。市指定文化財の
鋳鉄千手観音菩薩立像(ちゅうてつせんじゅかんのんぼさつりゅうぞう)、絹本着色
文殊菩薩像(けんぽんちゃくしょくもんじゅぼさつぞう)や木造薬師如来像など大山
廃寺の遺物と思われるものを多数保管しています。

住所:小牧市大字大山416 こまき巡回バス「児神社前」下車、徒歩25分



小牧山稲荷神社

吉五郎伝説  信長・家康、後に控えしは吉五郎大親分 徳川の世の小牧山は人の入れぬ山となり鬱蒼と茂る原生林の森と化しました。狐狸の 棲家となるのにそう時間はかかりません。小牧山の狐と正眼寺の狸が化け比べをした
とか天気雨の日は狐の嫁入りだとか、芝居見物に狐が現われたとか噂が飛び交いまし た。 小牧の郷土史家津田応助は「お梅・お初断片」(旧本陣家記録)に古老の昔話
を交えて、『伝説・老狐小牧山吉五郎』(昭6刊)を小説風にまとめ、吉五郎伝説とし て世に広めました。

 ■ 吉五郎伝説 パンフレット
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 吉五郎伝説 
 吉五郎伝説 


篠岡古窯跡群

古墳時代から平安時代の頃まで、百基以上の窯が築かれ、尾北古窯跡群の中でも中心
的な存在です。須恵器と瓷器を焼き、木灰を釉薬にして淡いグリーンを出した灰釉陶は特色品の一つです。



高根たかね遺跡(県指定史跡)

周辺には奈良時代~平安時代の古窯跡が約百基確認されており、篠岡古窯跡群と呼ばれています。陶器生産に関係する作業場跡ではないかと推定されています。

住所:小牧市高根一丁目331
名鉄バス「高根」下車、徒歩10分 こまき巡回バス「高根」下車、徒歩2分



正眼寺

応永(1394~1428)当時、尾張国禅林第一の臣刹であり青松山正眼寺と称しました。
この寺所有の銅造誕生釈迦仏立像は国指定の重要文化財であり、奈良国立博物館に展示されています。

住所:小牧市大字三ツ渕29 こまき巡回バス「こまきの森前」下車、徒歩5分
TEL:0568-77-2552



宇都宮神社古墳(県指定史跡)

宇都宮神社境内にある古墳は、古墳時代前期(4世紀前半)の尾張地方最大級の古墳の一つです。
ここから発見された三角縁獣文帯三神三獣鏡(さんかくぶちじゅうもんさんしんさんじゅうきょう)も、県指定有形文化財です。

住所:小牧市小木三丁目226 名鉄バス「小木」下車、徒歩2分




大山焼

明治初期に篠岡大山で焼かれはじめ、同38年に大山焼陶器株式会社が設立されましたが、
わずか5年で廃業しました。茶碗や徳利、仏器などの陶磁器が焼かれ、犬山焼に対し、大山焼は「点なしケン山」と呼ばれました。



小牧焼

明治時代後期、斎藤圀次郎の趣味からはじまって、「小牧名物小牧焼」と宣伝して会
社組織としました。日用陶器が主でしたが、圀次郎好みの陶に傾いた頃から減産とな
り、江濃地震の時大きな被害を受け製造中止に追い込まれました。
(写真提供/日比野 猛)